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名古屋高等裁判所 昭和42年(う)480号 判決 1967年12月26日

本籍ならびに住居

愛知県西尾市平坂町梨子山八番地

会社社長兼パチンコ店経営

松川竹平

大正八年一月一〇日生

右の者に対する昭和四〇年法律第三三号による改正前の所得税法違反被告事件につき、名古屋地方裁判所が昭和四二年七月一三日言い渡した有罪判決に対し、被告人から適法な控訴の申立があつたので、当裁判所は、検察官松本正平出席のうえ、審理をして、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人森田友五郎作成名義の控訴趣意書(ただし、当審第一回公判における右弁護人の釈明参照)に記載されているとおりであるから、ここにこれを引用するが、その要旨は、原判決の量刑が、重過ぎて不当である、というのである。

所論にかんがみ、記録を精査し、当審における事実取調べの結果を参酌したうえ、証拠に現われた諸般の情状、特に、本件各犯行の動機、態様は、原判決認定のとおりであつて、その手段、方法が巧妙、悪質であると認められるのに加え、その各逋脱額も相当多額にのぼることなど、量刑に影響すべき一切の事情を総合考察すると、原判決の量刑は、所論指摘の諸事情中、肯認し得る諸点を被告人の利益に斟酌しても、なお相当として是認すべきであり、これが重きに失する事由をみいだし得ない。論旨は理由がない。

よつて、本件控訴は、その理由がないから、刑事訴訟法第三九六条に則り、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 坂本収二 裁判官 藤本忠雄 裁判官 福田健次)

昭和四十二年(う)第四八〇号

控訴趣意書

控訴人 松川竹平

右弁護人弁護士

森田友五郎

右控訴人は左記の通り控訴趣意書を提出します。

原審判決は刑の量定が甚だしく重きに失する正当のものである。

1 判決は被告人を生き直らせる生きた判決でなければならぬ。国家の刑罰法には必ず其の裏に国家の慈悲心がある。此慈悲心の裏付けがあるから国民法を守るのである。故に罰を科すに当つては所謂花も実もある判決法により被告人が反省納得更正するのである。

然るに原審判決は起訴状を見、検事の意見を採り、情味がない厳罰を科されたのみで日々進歩しておる刑事政策上の考慮少しもされていない。肝要な犯行の動起、計画悪意の有無に付いての検討はなされていない社会正義に反する死文の判決である。

2 控訴人には脱税する動起の必要性がない。

控訴人は事業家であつて事業の拡張と発展に全力を尽しておる者で脱税による利得等は更に考慮していない。事業は発展途上にあつたのだから事業の拡張に全力を集中しており脱税利益など更に考えていなかつた。即ち脱税の故意がない。

3 殊に控訴人は永年鋳造業経営に専心精励して、盛大をなして来たもので隅々鋳造業が不況を来たした時代に経験者に勧められて、パチンコ遊技場を兼営したのである。

4 控訴人は元来工作技術と、発展拡張に専心打ち込む男で収支計算には関心を持たず大ざつぱな男故に収支の会計経理関係は妻と社員まかせで進んで来た。

今村店、金山店、雁道店、石尾店共に夫々担任者を置き、担任者は一切の収支、伝票を控訴人の妻に渡し、妻は担任の阿川忠夫税理士に詫して税理士は夫々仕訳して帳簿に記載していた。

控訴人は月末に妻から収支を聞く程度であつた。税務署に対する所得申告に就いては一切を担任税理士にまかせ切りであつたから、控訴人は収支共妻及税理士まかせであつた有様故に控訴人に脱税の計画的悪意はない担任税理士が作成した申告書を、うのみにして提出させていた。

担任税理士は永年税務署に奉職していた人なので、絶対信用して、これでよいものと思つて居たのである。一週一日は必ず会社に来て事務をとつていた。

5 パチンコ営業者は各税務署管内を単位としてパチンコ遊技場組合を設立して之れに加入しておる。各営業者の所得申告に付いては、組合幹事と管轄税務署係員とが事前に会合して一台に付見込収入額を話合いして決定し各組合員に基本収入金額を通知する。其一台収入金を基金として所得金額を決定申告する仕組みになつておる故に控訴人は右通告通りの所得申告をしてきたのである。

金山店、雁道店、今村店、石尾店、を各別に所得申告者としたのは組合に於いて二店以上経営して管轄税務署が異るときは各々店の責任者名を以つて申告して差え支ない旨知らされて居つたので其の通りにした。

実際に於いて愛知県内に二店以上経営して各々の責任者名をもつて申告しておることは通例となつている。

故に控訴人のみが意識的に行つたものではない。

控訴人には脱税意識、計画、動起、もないから、収支の伝票帳簿も永年分保存して居り、一票といえども陰秘したものはない国税庁の監査官も、これ程、全部的に保存していた例は殆んどない、と感心しておられ、調査も楽だと喜んでおられた。

元来国税庁の査察が行われた原因はパチンコ業経営者は第三国人が殆んどであり、日本人経営者は常に之れ等の者から何かと圧迫を受けておる。控訴人は名古屋に二店、今村に一店を経営した上に西尾市に於いて拡大な店を設置した。而して西尾市では全部第三国人で、之れに控訴人が一番拡大な店舗を設置したために、許可や、従業員募集に付非常な圧迫を受け、警察署に対しては、未成年者を使用しておく。国税庁に対しては脱税しておる。と盛んに虚偽の投書されたことにて査察が始まつたものである。而して控訴人は専門家の阿川忠夫税理士を信じ総てをまかせてあつたとは云へ、矢張り国民として責任は充分反省して原判決摘示の通り脱税及行政罰による決定額は既に全納して再犯なきを期しておる。

然るに原審は八月の懲役に四百万円の罰金を併科した罰金二重罰である。事業家の倒産を期待する不当な判決である。

7 罰を科するに当つては被告のために有利な情状は充分考慮採用して軽罰することを要する。

以上の如き状態だつた控訴人に対しては其の情状は充分配量して軽罰することを判決の公正とする。

然るに原判決は控訴人は脱税額金罰則金の大金を既に納入しておるに不拘其の上に当刑事罰として金四百万円を科したのは国家の刑罰法に裏付けして慈悲心を全く無視し国民の事業発展意欲を阻止し、故意悪意を区別しないもので刑事政策を考慮しない著しく公正を欠く不当な判決である。

控訴人は情状酌量をお願いするため公判期日に於いて国税庁査察官を証人として悪意脱税なきことを又組合幹部の者を証人として所得基本を示した。控訴人は之れに従つたことの立証を準備しております。

昭和四十二年十月三日

右控訴人代理人

弁護士 森田友五郎

名古屋高等裁判所

刑事第一部 御中

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